君に会えてよかった

「同席してもいい?」

バリ(インドネシア)でのワークショップのランチタイム。
2人の若い女性がソバカルと私のテーブルにやってきた。

屈託なく魅力的なアルゼンチン人たちで、パリ(仏)の大学院で勉強しているという。

パリはどう?と聞くと、
街は素敵よ、とふたり。

「私たちアルゼンチン人はこんなふうに両手を振り回して話すんだけどね」
両腕をあちこちにぶんぶん振り回す。

「でもフランス人って、こんな感じよ」
両手を膝に置いて、すまし顔で頷く仕草をするふたり。
「目しか動かさないの!」

「そうなの?でも日本人もそんな感じよ」
日本人もそうだとソバカルが必ず言うだろうから、その前に先手を打つ私。

「へぇ、そうなの?」とふたり。
「日本人は目も動かさないよ!」とソバカル。

フランス語話せる?と聞くと、
話せるようになったけど、私たち、すごく面白いことに気づいたの、と目を輝かせる。

「最初の頃、たとえば道を聞く時とか、英語で話しかけても絶対フランス人はフランス語で返してくるのね。
それで、こっちが少しフランス語が話せるようになって、変な発音のフランス語で話しかけるでしょ、
そうすると、向こうは変な発音の英語で答えてくるの!」

ふとした時に、イブさんを思い出す。

プライドが高く気難しいと言われるフランス人だけれど、つくばで出会ったイブさんは違った。
10年も前のこと。

頬をバラ色に染めるシャイな笑顔、物静かで、気持ちの優しい好青年。
日本語がわからない彼は、「熊出没注意!」と書かれたTシャツを着て、
ウルフルズの「ばんざ~い!君に会えてよかった~」がお気に入りだった。

彼に食事に誘われて、今より相当英語が不自由だった私は、
研究社の英和辞書と和英辞書をドイツ料理レストランのテーブルに並べ、
それはそれで、とても楽しいデートだった。

バンドの演奏がうるさくて、声が聞き取れない。
「こっちに座らない?聞こえないの」
隣の椅子を指差す。
「Why not」
少し照れた笑顔で隣に移ってきた彼。

“Why not”(もちろん)を映画ではなく、誰かとの会話の中で聞いたのはそれが初めてで、
その日イブさんと何を話したかすべて忘れてしまったけれど、
彼が言った”Why not”だけを覚えている。

ニースに帰り、大学で先生をしているはずのイブさん。
もう会うこともないだろうけれど。