「あれ、キャベツなの!?家の隣がキャベツ畑なの!?」
都内で会社員をしていたのはバブルの終わりの頃、
終電を逃した私を、課長と一年先輩の同僚が銀座からタクシーで送ってくれたことがあった。
酔いが覚めない都会育ちの課長は、暗闇にぽこぽこと浮かぶキャベツと、
家の隣に畑があることに随分衝撃を受けていた。
私の家の先には佐藤さんの畑があった。
実際には、誰か他の人の所有する500坪の土地だけれど、佐藤さんが借りて、野菜を作っていた。
86歳の佐藤さんは、早朝バイクでやってくると、私が出勤する時間には一仕事を終え、
その日収穫した見事な大根や丸かぶや小松菜や、ありとあらゆる種類の野菜のお裾分けを、
家の玄関先に届けてくれた。
去年の12月半ばまでは。
土地に買い手が出たのか家が建つことになり、
「いいんだよ、もう86歳だから」
佐藤さんが残念そうに何度もそう言っていた一ヶ月後には、
土が盛られ、ならされて、佐藤さんの畑は面影もなくなってしまった。
この一ヶ月、佐藤さんの姿も見ていない。
毎朝、佐藤さんがゆったりと畑仕事をする様子を遠くに見て、今日も一日がんばろう、と
スタートしていた私たち家族には、とても寂しい風景です。