最後の夜

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さて、深夜の便でバリを発つので、ホテルを出るのは夜9時半で良い、
数時間あるけれど、何をしよう?

ソバカルはバリに残るので、帰国は私ひとり。
そして今夜ソバカルはIDGECのディナーに出席するので、帰国までの時間も私ひとり。

名残惜しいバリの砂浜でもう一度サンセットを見よう。
ビーチで買った水色のサロンを腰に巻いて、ホテルから続くビーチへ。

レストランのメニューを覗く。
なにか軽いものを食べたいけれど、砂浜に持ち込めそうなのは、ホットドックかピザ。
ピザは食べきれないだろうな、と思いながらも、
マルガリータ・ピザとフルーツのミックスジュースを注文、ビーチに届けてもらう。

少し離れたところでは中国人のグループが大騒ぎしていた。
3組のカップルらしく、カップルごとに分かれて、モデルのようにポーズをとる女性を
お相手の男性が熱心に角度を変えてカメラに収めている。

やっぱり食べきれない。
食べ物を無駄にするようで残しづらいな、と思っていると、
若いビーチの監視員が通りすぎ、また戻ってきた。

「ハロー」と彼。
「ハロー。サンセット見てたの。綺麗でした」と言うと、
笑顔で頷く監視員。

「あの、ピザ手伝ってもらえませんか?多すぎたの」

とまどっている様子。
「お腹空いてない?」
「お腹は空いてないよ」
隣のデッキ・チェアに腰を下ろす。

「そう。食べ切れなかったから」
「本当にいいの?」
「もちろん!残したくないの」

バリ人の英語のイントネーションは随分くせがあってなにやら力強いけれど、
彼はとても綺麗な発音で流暢に話す。

「中国人?」と聞かれ、
「私?日本人」
「ほんと?日本人は英語話せないから違うと思った。隣のグループと一緒なのかと。
中国人は英語話せても、僕らとは話さないけどね」

「昨日と一昨日は、ジンバブエのビーチのカフェで夕日を見たの。すごく綺麗だった」
「・・・ジンバブエ?」
「そう。爆弾テロがあったところでしょう?」
「ジンバランか。ジンバブエはアフリカだから、昨日ディナー?どうやって?と思ったよ」

それから2時間もおしゃべり。彼の名前はコマラ。
覚えられずにいると、「携帯に名前入れて」
あぁ、なるほど。

操作を見守る彼。
「カタカナ?」
「ひらがなよ」

携帯に入っていた写真を見せた。
「これ、うちのねこ」
「ねこ!バリの猫と模様が同じだ」
「これは姉」
横浜の高層ホテルの窓辺で写したもので、姉の後ろにはきらびやかな夜景が。
「すごいな・・・これ東京なの?」

「今、日本は寒いのよ」
「日本は四季があるものね」
「うらやましいな。一年中、こんなふうに太陽があって、海があって」
「それはあなたが観光客だからだよ。ずっとこれが続くって想像してごらん。飽きるよ」

これ、ビーチで買ったの、綺麗よね、と刺繍のほどこされた水色のサロンを示すと、
「それどうやって巻いてるの?」
「ここでひとつに結んでいるだけ」
「バリの正式なサロンの結び方やってみてもいい?」

砂浜に膝をついて、丁寧にサロンを巻きなおしてくれるコマラ。
きっちりとサロンを腰にフィットさせて一回半巻き、腰の左で結ぶ。

さて、サロンの巻き方を習って、砂浜にあぐらをかいてケチャ・ダンスの真似事をし、
満月の儀式について聞き、
ヒンズー教はしっかりと若者の暮らしの一部であることを知り、
そろそろ8時半、部屋に戻ってシャワーを浴びて、パッキングして、
9時半にはチェックアウトを済ませないと。

「もう行かなくちゃ」
「行ってほしくないよ。今日会えたのに、最後の夜だなんて」
「ほんとね。でも最後に話せて楽しかった」
「行かないで。僕はあなたと話してるのがすごく好きなんだ」

バリのビーチで出会ったスウィートなコマラ。
なごり惜しいけれど、飛行機に乗り遅れるわけにはいかない。

さよならのハグをして背中を向けると、
「これ僕のなんだ」
マウンテンバイクにまたがる。
「ここに乗って。ホテルの下まで送るよ」
ここって、サドルの前のフレーム、こんなところに乗ったことなんてない。

なんとか横向きに座ると、コマラはよほど運動神経が良いのか、
段差を下り、生垣を抜け、細い道では少しスピードを上げる。

「あなたはすごく、前から友達みたいな気がして・・・寂しいよ」
月明かりに涙ぐんで見えるコマラの瞳。
もう一度お別れのハグとキスをして、ビーチと青年コマラを後にした。

「バリの若い人は何が好きなの?たとえば、5時に仕事が終わるでしょ、その後、
いつも何してるの?」と聞くと、
「僕の仕事は午後3時から夜11時までなんだ。だから夜はここにいる」と言っていた。

今夜も仕事を終えて、自転車に乗って、あのビーチをあとにしたのかな。